story 3.5

story 3.5

ヘーネの幼少期の話 ①


 展学部。

 ふつう、義務教育の基学部を修了してからでないと、そこで学ぶことはできない。法律でもそう定められている。

 定められている、のだが。


 日が落ちかけていたその日、小さな影がその敷地内を駆け抜ける。授業中であるためにほかの学徒や教員達の姿は見られない。その影は、いくつもの分岐した道を、紙切れ片手に迷うことなく突き進み、ついには誰の目にも留まることなく目的の部屋の近くまでたどり着いた。

 さすがにこの中に入るとまずいらしいことは理解しているようで、影は懸命に耳を壁に押し当てて、漏れ出る声を拾う。


「…この式に」どの式かは見当もつかない。

「整数を」整数。知っている。たぶんそのうち習う。

「代入することで」なんか聞いたことある。当てはめたりするやつだ。

「成り立つゆえに」成り立つ…それでよいってことか。

「互いに素であることが」…たがいにそ?知らない。どういう意味だ。

「証明でき…」証明、問題が解けたのか。

 ということは、『たがいにそ』というものがどうやら重要らしい。さらに強く耳を押し当てる。だが次の瞬間、

「…では、これで今日の講義は終わりとします」


 しまった。


 早く逃げないと、ここに忍び込んだのがばれる。でも来た道を戻れば学徒がおり、進めば出口から遠のく。

 どうすればどうすれば…と考えているうちに、先程まで聞いていた声が、頭の上から降ってきた。

「…きみ、ここで何してるの?名前は?」

頭が真っ白だ。どうすればこの困難を乗り越えられる…!


「へーね、えびーすと、です……うっ…うええ…!!」 


パニックに耐えきれず、その影は泣き出してしまった。